今日のヒアリングは、「ワン・トゥー・テン・デザイン」というwebの制作会社でプランナーをされている松倉さんに、この春河原町に新しくオープンしたイタリアン「Osteria tempo」でお話を聞きました。

松倉さんは、webの仕事とは別にプライベートで「HITSPAPER」というデザインのポータルサイトを運営されていて、その「HITSPAPER」を通じてデザインカンファレンスを東京や横浜で開催されたり、「Nit」というクリエイターを招いて、彼らの思想や手法を、体験を通じて聞くスクール型のワークショップを開催されています。
他にも音楽が好きで始めた、気になるアーティストを紹介するサイト「your unknown music」も運営しています。
その多岐にわたる企画や活動の着想について、きっかけ、出会いについてなど、ランチを食べながらざっくばらんにお聞きしました。

「大学のときにフリーペーパー(「ant magazine」)を仲間と作ってて。それは音楽、アート、ファッションとか自分たちがいいなと思う文化全般を紹介する内容でした。学生で何も分からない時から営業やってみたり、DTPやってみたり、勉強になりましたね。
置かせてくださいって持っていった先で「面白いね」って言う感じで話をして仲良くなって、繋がりが出来て、当時、「TOKION」が一番面白い雑誌で、そこの編集部に居て、今はsomeonesgardenというフリーペーパーとかをやっている西村大助さんが「関西の情報を集めててスゴイ面白いね」って言ってもらったのが嬉しくて、DOPPELとかカッコイイと思ってて音楽特集の時に表紙用にジミヘン描いてもらったり、出会いがたくさんあって良かったなと。
北白川のmuzzというギャラリーがあって、そこを3万くらいで借りて事務所にしてたんですよ。壁面を全部黒板にしていて、そこでメンバー集まって企画考えたりして、京造のメンバーも何人か居て、面白い時代でしたね。すごいやって良かったなと思いますね。」

自分の「いいな」って感覚を人と共有すること、それを形にして伝えることを大学時代から始めていた松倉さん。
「大体、僕一人ではほぼ何も出来ないんですよ。だからアイデアを投げて、そこに何か反応してくれた人と作って行く、その方が絶対におもしろい。」
大学時代のこの活動は、フリーペーパーの枠を超えてクラブイベントや東京で展示をしたりと広がっていったそうです。

t:松倉さんがwebをやり出すキッカケはなんだったんですか?

「元々、webをやる気が全く無かった人なんですよ。webをそもそも触っていない大学生活で、本当はフリーペーパーもやっていたので、紙をやりたくて入社した会社の配属先がwebの企画室だったという話なんです。」
「2006年頃に海外の若手フォトグラファーが簡単に自分たちの作品を、webを使って世の中に発表出来る状況がなんとなく世界的に整っていた時期で、スゲェのがいっぱい居るなと、速度感も全然違って、webおもしろいなぁ~と思い始めました。紙は紙の良さがあって僕は好きなんですけど、こういうメディアもあるんだと思った。」

t:そこからプランニングとかって、webでどういう事が出来るとか、ある程度分かってないと出来ないでしょ?

「そうですね。 技術的な所はそもそも興味があって、訳わからない事が何で出来ているのか?というのを調べる癖があって、リモコン解体してみるとか。カメラを分解してみるとか。
Webも同じような感じやって、会社にいたら中に技術者が居るので、調べて分からなかったら、これはどういう事なんですかね?と聞いて教えてもらったりとか。どう出来てるとか面白いですね。それやったらこれも出来るじゃんとか、こんな表現も出来るよねとかがどんどん出て来て面白いですね。まだまだ表現の可能性が隠されているんで、webには。」

t:お話を聞いてると松倉さんは、色んな人の繋がりや面白い流れに乗っている感じがするんですけど、意識的にアンテナを張ってたりしてるんですか?

僕、面白い人に会う運がいいんですよ。
それで、いいなと思ったらすぐメールして会って話をしたり。自分が良いなと思うものは絶対自分から言うようにしてますね。たぶん、仕事の癖みたいな事もあるんですけどね。デザインとか良いなとか、良い仕事してたら良いなとか言ってあげないと駄目じゃないですか。

t:リアクションの早さも大切かもしれませんね。

割とすぐにパッとしますね。
プランナーなんで、会う人が何かやろうとしている人なんで、「こうしたらいいんじゃないの」とアイデアを言ってしまって、それで1つ転がって、気付いたら何個かプロジェクトが出来てるという状況が今になってて、時間が足りてないという感じですね。たぶん、他の人より気軽に始めちゃってると思いますね。とりあえずやってみよ。で始める事が多いですね。

t:それでテンヤワンヤになったらどうするんですか?

それはそれで良いかなと(笑)

t:今後は、こんなことをやっていきたいとかありますか?

「今は仕事がwebなんですけど、webに捕らわれる事のないコミュニケーションとかのプランニングをしたいなと思いますね。イベントもそうなんですけど、個人的にはwebよりリアルの方が好きで、形や媒体に捕らわれずにコミュニケーションの仕組みを提案していくとかが出来たら良いなと、その手法としてwebがあったりCMがあったりすると思うんですけど、すごいアバウトですけどね。コミュニケーションという事、人と人との繋がりみたいな事ををキーワードにwebであったり、CMであったり、紙媒体であったりを考えて模索しているという感じですね。全部出来るようになったら強いだろうなとは思っているんですけどね。」

t:話は変わりますが、いま松倉さんが会いたい人っていますか?

「今、一番会いたいのは、前に一回会ってるんですけど、梶川泰司さんという広島の山奥に住んでいる数学者で、バックミンスターフラーの弟子だった人なんです。バックミンスターフラ―の本の翻訳とかもやっています。何かのイベントでテーマが日本の材木でフラ―ドームを作れないかというので、調べたら梶川さんという日本人の弟子が居るというので会いに行きました。人生で一番ショックだったんですけど、その人が広島の山奥で携帯の電波が誰も入らない所で、渓谷に吊り橋が掛ってて、そこを渡った所にある古い小学校に住んでいて、グランドの一部を畑にして野菜とか作ってて、研究所兼住居にしていて、フラーのことを教えてくださいというので行って、じゃあ、1週間泊まろうかって言われて、それで1週間寝泊まりして、フラ―ドームの作り方とか教えてもらいました。」

「後、梶川さんが大事に浸けている椎茸の醤油漬けがあるんですけど、それが美味しくて、これはどうやって作ってるんですか? って聞いたら、めっちゃ数式書かれて・・・(笑)
すいませんってなって・・・、凄い衝撃的で。もう一度会いたいですね。」


加速度的にネットワークが発達したことによって、急に人と人の関係が希薄になってしまっています。
その早さによって格差や社会問題も起こっています。これからの社会の中で人と人を繋ぐための仕組みやアイデアはとても大事なことです。Webというとても便利なツールを利用して、より広く人がコミュニケーションしていくために技術革新は進んで行きます。
でもそれを開発したり、多くの人に利用してもらえるように考えているのは人です。
松倉さんは人との出会いの中で、繋がりとか、人と何か作って行く事をとても大事にされています。発達していく技術のなかで、松倉さんのようにシンプルで良いバランス感覚を持って、人と人を繋ぐためのもの・ことづくりをしていくことがとても大事な気がしました。