大雨を目の前にしかめっ面でたたずみタバコをふかす。
舌打ちが聞こえてきそうな表情で疲れた会社帰りの同じような境遇でたたずむ人々。改札前。

多分、俺はお前らの10倍は、この状況下でしかめっ面してんぜ、
というのも、傘を持って家を出るのが嫌いな僕は、よくもまぁ、こういう状況に。
北海道だと、まぁ、たいていの場合、雪に変わる。
そして、そこまで急かされるほど人々は急いで生きてはいない。

もふぁ〜と輪郭がハッキリとしたタバコの煙が、
雨に打たれて散々と夜の雨空にかき消されていく。

ぼけぇーと雨の弱まりを待ちながら、
あぁ、明日、お父さんになるんだな。なんてことを思い。
気合いで雨の中に突っ込む。
明日、子供が生まれる。
当たり前のことだが、生まれて始めてのお父さん。

嫁と知り合ったのは、もう思い返せばまだ学生の頃。
堂島のサビれたスナックを改装した友達のお店で
初めて会った。その日はどうしても読んでおきたい漫画があったから
10人くらいでどんちゃん騒いでる仲間たちを尻目に
僕は一人漫画の世界に酔いながら薄暗がりの中で
ビールを飲んではページをめくる。

僕と一番距離を置いた場所に嫁は座っていた記憶が薄らとある。
そのときの会話もあいまいだが、読んでいる漫画を確か知っているとかで
この子、漫画詳しいな。なんて思った、そしてまた漫画の世界へ。

そのまま月日は流れ、mixiという文明の利器で
連絡を時折取ってはオススメの漫画や音楽の情報交換を繰り返し、
共通するといえばお互いの超がつくほど長いメール。
僕の日記も相手の日記も今読み返すと、
ブログとはほど遠い私小説ばりのセンテンスが日々重ねられ
東京と大阪という相容れない距離感をメールのやり取りだけで
相手がどんな人かを想像しあっていたようだ。

再度、会うとなったとき。
僕には5年付き合っていた彼女がいて、
嫁も同じように数年付き合っていた彼氏がいた。
東京に遊びにきたついでに一緒に食事を
ほとんどをローマ軍についてのおおよそこの年代の若者の会話ではない
得体の知れない会話が1時間ほど繰り返され、
僕も彼女と同じ銘柄のタバコを吸っていたけれど、
なぜか一本ちょうだい、なんて簡単な言葉が出ないままお別れ。
真っ赤な携帯だったのが今でも鮮明に思いだされる。

気がつけば何故か嫁のことを悶々と考えていたり、
まるで高校生ばりにアタフタしたり
じゅりえという兄弟のような友達に夜な夜な相談したり。
当時、僕には彼女がいて、嫁には彼氏がいることに対する悩みもあり、
酒を飲んではなかなか酔わない自分の体質を呪った。

「あらがえないものもある」

と、じゅりえに言われたときは、頭の中の国語辞典を引っ張りだして
高速列車ばりに紐解いてみたけれど、そんな言葉知る由もなく
家に帰って調べてみれば、なるほど、あいつ良いこと言うなとうなずいたわけだ。

改札で雨に足止めされるように
台風で家から出れないように
晴れて散歩に行きたくなるように
可愛い猫がいたら頭を撫でたくなるように
逆らうことの出来ない感情というものが
この世界にはあるのだな、なんて東京の真夜中、目黒道りで気付かされた。

ほどなくして、僕らは付き合うようになる。
お互いの彼氏・彼女に別れを告げて、
それは同じような圧力でもって2人にのしかかるけれど
結局、僕らは大雨を目の前にして
きゃっきゃと手をつないでずぶ濡れながらもどこかへ向かいだす。
今は大雨でも結局、今は恐ろしく晴れている。
色々な人に迷惑をかけたけれど、結局、自分に嘘をつくことはできなかった。

その後、僕は関西へと舞い戻り今の職場で働き始める。
1ヶ月もしないうちに嫁との同棲がはじまる。
ほとんどお互いのことを知らないまま、
喧嘩と言えばピザの配達でもめたくらいで
ほぼ同じ思考回路を持つ人間同士だったのか
僕らはわらってここまでこれた。

そして、10月の終わりには嫁の妊娠を知る。
うろたえる嫁と自然とわき上がった僕の喜び。
彼女のお腹の中に僕らの血を分けた命が宿っている。
今までに感じたことのない喜びで嫁も僕につられて喜んだ。

切迫流産しかかったり、
前途多難な道のりを嫁はよく頑張った。
男の不甲斐なさと女性の強さを目の当たりにした。

十月十日を経て。
明日、我が子が生まれる。
予定では夜。
どんな顔をしてるのだろうか。
どんな声で泣くのだろうか。
どんな恋をするのだろうか。
明日、僕らの世界に新しい家族が増える。
僕が見て聞いて感じたことや
何が良いことで、何が駄目なことか
世界の秘密とか、世界の悲劇とか
そういった僕が持てる全ての世界を我が子に。
そして、嫁によく頑張ったねの一言を。