米軍ハウス、文化住宅、古民家……古くて新しい「平屋暮らし」のすすめ

若者を中心に、安く快適に住める平屋の人気が高まっています。著者が8年に渡って取材をしてきた平屋(=フラットハウス)から厳選し、家屋全体はもとより窓や壁・建材・床材などの細部に至るまでご紹介。古い家好きにはたまらない永久保存版です! 東京23区外、いわゆる都下には古い平屋=FLAT HOUSEがいくつも点在している。私がその一棟に住み始めたのには、小さなきっかけがあった。  それは15年ほど前に遡る。フリーのイラストレーターとなった当初、まだ画描きだけでは生活できずアルバイトと並行しながら暮らしていた。それから3年、少しずつ画の仕事の比重が増えだし、丸一日家に篭ることが多くなった。会社勤めの頃から住んでいたワンルームマンションをそのまま仕事場に兼ねたことが祟ったのか、篭りっきりで画を描いているとシェルター症候群よろしく気分がすこぶる落ち込んだ。ここからすぐにでも脱け出したい――そんな思いに強く駆られるようになった。  ただその転居願望は、より広いマンションへ移るという気持ちにはまったくつながらなかった。代わりに、20代の頃よく遊びに行っていた都下の友人宅の平屋がむくむくと姿を現した。  その家は福生にある米軍ハウスの集落の中の一棟で、築年数は40年近く経っていた。住人達は夜な夜な共有庭に集まって焚き火を囲んでの大小ご宴会。「金なんかなくても人生幸せ」といわんばかりの、まるで遊ぶように暮らす彼らの姿はとにかく衝撃的で頭に強く残っていた。その暮らしぶりもさることながら、何より家そのものに魅せられた。真ちゅう製のドアノブや木製の窓、ペンキが塗り重ねられた壁、見たこともないような古いキッチンユニット……。リビングに引き入れられた旧型英国製バイクはヤレたフローリングに相まってインスタレーションアートのようだったし、時代錯誤のタイル製バスタブが横たわるバスルームはトイレが一緒になっていてまるで洋画のセットのようだった。どのディテイルをとっても申し分なく、とたんに自分の住んでいるワンルームマンションが平凡でつまらなく思えてならなかった。「今こそあんな平屋に住んでやろう」、その時の憧憬の念がタイムカプセルを開けるがごとく蘇えった。

自転車で平屋物件を細かく物色していた秋口、緑地公園の近くに古い平屋の集落を発見した。その一棟に入って行こうとする白人女性に声をかけると、立ち話もなんだからと中に入れてもらえることに。入るや否や友人の米軍ハウスに近いニオイを感じ、一気に高揚した。オーナーのことや借り方、賃料などいろいろ質問すると、一棟空家があることを知らされる。思えばこの日が今日まで続く平屋ライフの入口だった。  その後、紆余曲折を経て何とか「宙に浮く鉄筋のハコ」から脱出、緑地公園まで徒歩1分足らずというロケーションの平屋に移住できた私は、春を迎える頃には心身共にすっかり健康となっていた。何より考え方がとてもアグレッシブになったことが収穫だった。その後のゆっくりと階段を上がるような暮らし向きの好転は、この平屋の影響が少なからず関係していると今でも思う。精神と肉体のバランスを再調整してくれたこの平屋は、私が最も苦しかった数年を支えてくれた恩人ならぬ『恩家』だ。

そんな私のように、都下のFLAT HOUSEを探す人たちが最近増えているらしい。顔見知りの不動産屋は平屋を求めて来る客が増加しているというし、webに載る平屋物件は問い合わせると大方がすでに借り手がついている。90年代のサブカル系雑誌から端を発した温故知新ブームのベクトルが、今世紀に入りミッドセンチュリーモダン・リバイバルに煽られ、ロハス志向家や和洋アンティーク・ファン、ジャンクコレクターらを巻き込みながら合流し、インテリア・什器に飽き足らずそれを入れる器である「家屋」へとシフトしてきたのだろう。 そういった「同胞」が増えてきたことは嬉しい限りだが、一方でそのような平屋物件は相変わらず単なる「うす汚れたしもた屋」として扱われ、オーナーの代替わりも手伝い、潰され続けている。そして細長ペンシル戸建や巨大マンション、現場でパチパチと部品をはめ込んで作るいわゆる「プレキャスト住宅」に取って代わられている実態には一向に歯止めがかからない。現在の新築住宅すべてが悪いとは言わないが、私たちの周囲がコスト偏重の画一住宅ばかりで埋まっていくことに強い危機感を感じて止まない。古い平屋1棟の跡にペンシル戸建が3棟も建つ。一見小ギレイだが隣家同士に遊びはなく、風情も味わいも見あたらない。やがてこんな家ばかりでいっぱいになってしまったら、そこは果たして「街並み」といっていいのだろうか? 将来東京の心象風景をこの家々が代表するのだとしたら、何だかとてもやるせない気分になる。  この『FLAT HOUSE LIFE』に掲載されている住人たちは、そんな世界でもトップレベルな劣悪住環境都市・東京でも考え方を少しシフトチェンジするだけでゆったり自適に、かつ素敵に暮らして行けることを体現してくれている。まだまだ世の中捨てたもんじゃないと教えてくれている。オシャレなインテリア雑誌に出て来るような「いかにも」的完成度には欠けているかもしれないが、その分下町の長屋ともまた違った「東京都下の平屋」に活き活きと暮らすリアルなバイブレーションがそこにはある。

本書では建具やパーツといった家そのものの魅力に主なるスポットを当てている。古い平屋にしかない空気感を少しでも共有してもらえたらとても嬉しい。これを読んだ後すぐさま物件探しを始め、「築半世紀の古い平屋に引っ越しました!」と、駅近マンション暮らしを捨てる働き盛りのサラリーマン夫婦が周囲に大勢出てくることをひそかに期待している。 さあ、便利だけの駅近マンションやペンシル住宅を出て、FLAT HOUSEに住もう! (「 はじめに」より)
[発行元引用]

 

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本文執筆:アラタ・クールハンド
1965年生まれ東京出身。水瓶座。和光大学・桑沢デザイン研究所/ビジュアルデザイン学科卒。イラストレーション、タイポグラフィ、絵地図の制作から洋品などの商品企画立案やパッケージデザインなどを手がける。

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【LET HIM RUN WILD】http://arata-coolhand.cocolog-nifty.com/