中村奈緒子個展 「ネイチャー」

 

|会期:2014年1月11日(土)〜2月8日(土)

|時間:11:00~19:00/日・月・祝休廊

|オープニング:1月11日(土) 18時より

|場所:児玉画廊
京都市南区東九条柳下町67-2
>> http://www.KodamaGallery.com

 

児玉画廊|京都で1月11日より2月8日まで中村奈緒子個展「ネイチャー」が開催されます。

今回の個展では、新たに七宝焼きの技術や、細やかなドローイングの要素がインスタレーションの要点の一つになっています。七宝はその工程の煩雑さや作業の緻密さなど、まさに中村好みの手法であると言えます。ガラス様の透明度のある質感や工程を経ると後戻りできない緊張感のある制作のプロセスは、中村を没頭させるには十分です。また、インスタレーションは全体的に3×6のベニヤ板を基本として構成されます。壁面には養生テープで貼付けたり、斜めに立てかけてたわませたり、床に敷いてみたりと、様々です。その一枚一枚にはいずれも何かしらのドローイングが描かれています。思わず嘆息するような優美な線や淡く綺麗な色彩などで描かれていますが、しかし絵の良し悪しではなく「後味の無さ」が印象の多くを占めます。それは、そこに作為や意図があまりに感じられないからかも知れません。中村にとって、「適当」であることや「~し過ぎる」ことは、視点を変えれば理性的な判断を放棄した態度であると読み替える事も出来ます。取捨選択を止めて、何かに我を忘れること、それはどちらも能動的な作為や意図とは乖離する方向を示しています。それが絵なのか模様なのか、工芸や手芸なのか、果たしてそれが美術と言い得るか、そういった枠に落とし込む事は自らはしない、という中村なりのステートメントであると言えるかも知れません。この中村の独特の立ち位置は、ともすれば予期せぬような革新的な事象すら生むのかも知れません。今回の展覧会に向けて作家が述べた次の文章に、本音が垣間見えているように思えます。

 

ふと手を見る。肌色の皮膚が見える。緑の指ははえていない。
白い米、赤い肉、緑の野菜、あと茶色のみそ汁とか、それらをうまく混ぜ合わせればこういう色になるのか。
もしかしたらなるのかも知れない。でもそういうことじゃないんだろう。
まったくふしぎな変換がこの体を通すことで行われているようだ。
何ともすごい、おそろしいことだ。

 

ごく自然のことを、「おそろしいこと」と言うのです。確かに肌は緑ではないことは分かるが緑でない理由が分からない、このように考えて理解できることと、そうでない事をがあるということに普段我々はただ目を瞑っているだけです。仮に中村の作品を観て躊躇するとすれば、それはどう理解すればいいのかが分からないのではなくて、中村の作品がごく自然に両極性を提示するが故に、閉じた目を開かざるを得なくなって、ただその事に畏れ戸惑っているだけなのかも知れません。
(プレスリリースより抜粋)

 

 

|同時開催:

イグノア・ユア・パースペクティブ20 「not a total waste」

[出展作家]:貴志真生也 / 杉本圭助 / 関口正浩 / 谷中佑輔
[会期]:2014年1月11日(土)〜2月8日(土)
[営業時間]:11:00~19:00/日・月・祝休廊